吊橋の面影
先ずは音沢と内山集落の間にかけられていた吊橋の跡。
明治42年10月につり橋がかけられるまで、内山とは冬は渡し舟、水が多い夏は栗虫を廻って往来したそう。
最後にかけられた吊橋は全長100㍍で大型トラックも通れたそうです。
写真の赤い橋は現在の橋で横のコンクリートの枠がつり橋の跡です。
音沢と内山、橋が出来た今は同じ黒部市で交流がありますが、元々違う村に属していた二つの集落、橋が無い時代はほとんど交流が無かったそうです。


そしてもう一つ。
温泉街に架かっている想影橋。今のコンクリートの橋の横に跡が残されています。


どちらの橋跡にも色んな人の素敵な想い出がたくさん詰まっているんですよね。
目立つことなくひっそりと残っているもの、実は好きなんです。
byなり
明治42年10月につり橋がかけられるまで、内山とは冬は渡し舟、水が多い夏は栗虫を廻って往来したそう。
最後にかけられた吊橋は全長100㍍で大型トラックも通れたそうです。
写真の赤い橋は現在の橋で横のコンクリートの枠がつり橋の跡です。
音沢と内山、橋が出来た今は同じ黒部市で交流がありますが、元々違う村に属していた二つの集落、橋が無い時代はほとんど交流が無かったそうです。
そしてもう一つ。
温泉街に架かっている想影橋。今のコンクリートの橋の横に跡が残されています。

どちらの橋跡にも色んな人の素敵な想い出がたくさん詰まっているんですよね。
目立つことなくひっそりと残っているもの、実は好きなんです。
byなり
2008年08月11日





