暴れ川くろべに架ける 愛本橋
愛本橋入善側、錦龍閣入り口に愛本刎橋案内板があります。
愛本には、以前にも藤橋が懸かっていたとも伝えられ、詳細は明らかではありませんが、黒部川も寛永三年(1626)にようやく打渡橋が架けられ通行が容易になりました。
黒部川は、暴れ川、黒部四十八嘉瀬と言われて、川を渡るのに舟橋や舟渡しを設けたりして大変苦労した時代が続き、橋が架けられてからも幾度となく大洪水になり、橋が流失しています。
黒部川に本格的な橋で、有名な刎橋を架けられたのは寛文二年(1662)加賀藩五代目藩主、前田綱紀の命によるものです。
以後、 約200年間にわたって、平均25年で架け替えながら愛本の刎橋は9回かけられています。
その後、明治に入って木拱橋、大正になり鉄橋に変わったが昭和44年黒部川氾濫により流失しました。
現在の鉄橋は、2代目だそうです。
今では黒部川には、いくつも橋がかけられて、車で数秒で渡り切ってしまいます。
初めて橋を架けた時には想像もつかなかったでしょうね。
byなり


愛本には、以前にも藤橋が懸かっていたとも伝えられ、詳細は明らかではありませんが、黒部川も寛永三年(1626)にようやく打渡橋が架けられ通行が容易になりました。
黒部川は、暴れ川、黒部四十八嘉瀬と言われて、川を渡るのに舟橋や舟渡しを設けたりして大変苦労した時代が続き、橋が架けられてからも幾度となく大洪水になり、橋が流失しています。
黒部川に本格的な橋で、有名な刎橋を架けられたのは寛文二年(1662)加賀藩五代目藩主、前田綱紀の命によるものです。
以後、 約200年間にわたって、平均25年で架け替えながら愛本の刎橋は9回かけられています。
その後、明治に入って木拱橋、大正になり鉄橋に変わったが昭和44年黒部川氾濫により流失しました。
現在の鉄橋は、2代目だそうです。
今では黒部川には、いくつも橋がかけられて、車で数秒で渡り切ってしまいます。
初めて橋を架けた時には想像もつかなかったでしょうね。
byなり
2008年07月03日





